オペレーターな転生主と降谷さん(中身)

 源石病。それは不治の病にして恐るべき感染症だ。世界にとって技術革新をもたらした代償に、高すぎるリスクを背負う羽目になった。罹患すれば致死率は百パーセント、いずれは自身も感染源になるという恐ろしい病。挙句の果てに感染源になる源石はエネルギー源でもあり、忌避すべき天災によってもたらされる資源でもある。

  感染者は健常者を憎み、健常者は感染者を忌避する。最悪の悪循環の中で、血は血を持って償うべきだと旗を上げた組織があった。レユニオン・ムーブメントと呼称されたそれと、私が所属していたロドス・アイランド製薬はたびたび衝突を起こしていた。ロドスは感染者の問題を感染者と健常者の手によって解決しようという思想に基づいて行動していたのだから、衝突は当たり前と言える。


  憎しみが憎しみを呼ぶ連鎖。遅すぎた時間と、目の前で無残にも散っていく命。なかなか最悪な世界で元気に前衛オペレーターとして生活していた私は、なぜか龍門繁華街のような栄えた街の真ん中に突っ立っていた。


  ……いや、なんでだ? 



 ・ロドス前衛オペレーターリィング、あなたの指示に従い敵を掃討する。


  それは超常の力を振るう人類だという触れ込みに降谷は気付かれないようにそっと顔をしかめた。それを語る理事官の顔はいたって真面目そのもので、特に不審な点は見られない。そもそも、無用にからかいなどはしない人だ、と降谷は頭を振る。疑念が漏れ出ていたらしく、どうかしたかね、と声をかけられて背筋を伸ばした。いえ、と短く否定の言葉を返す。


  正直言って眉唾物もいいところである。超常の力なんてものに縋る年齢は党の昔に過ぎ去った。  しかし公安が秘密裏に確保したという戦力というのであれば、逆にそれくらいあってもおかしくはないのだろうか――そんな、混乱交じりの思考がゆるゆるとうごめいている。


  その力を学術団体は新たなエネルギー源が存在することを証明するし、極秘裏に匿い研究するべきだと主張した。事実、実験の結果は恐るべき能力を彼女は発現させたらしい。事前に渡された資料を思い返しながら降谷は理事官の後をゆっくりとついて歩く。 


 一見すれば何の変哲もない少女に見える。いや、童顔らしく、資料によればすでに二十代後半ではあるのだが、それにしても幼く見える。ただし、その攻撃性は折り紙付き。戦車のような馬鹿げた火力こそ出ないものの、フィクションのような暗殺をなし得るには十二分過ぎる能力。 


  どことなく薄暗い、代り映えしない庁舎の奥の奥の部屋。やけに厳重に警備されているらしい扉のロックを外した先にいたのは、拍子抜けなことに、一人の小柄な少女であった。 


 「……ええと、そちらの甘いマスクのお兄さんがわたしの契約主様で?」 

「そうだ。君の要望通り、担当官を連れてきた。お眼鏡には叶ったかね」 


  部屋の奥、殺風景な風景には似つかわしくもない女性がソファーにちょこんと腰かけている。その仕草は愛らしいものであるはずだというのに、纏う空気はあまりに冷たい。 


 血のような赤い相貌が緩やかに降谷をとらえ、アクアグレーの目を見据える。

  知らず、背中に滝のような汗が伝っていた。降谷とて修羅場相応に踏んできた自信はあるものの、これはそのどれとも違う――あまりに異質な殺気そのものだ。


  彼女は丸テーブルに置かれたオレンジジュースらしい飲み物を飲み干して嘆息する。さらさらと流れる白い髪は丁寧に手入れをされているらしい。 

 こつん、と愛らしい音を立てて立ち上がってみれば、背丈は降谷のちょうど胸元辺りになるだろうか。それなりに小柄な体躯であることがうかがえる。 


  もっとも、小柄だからと言って彼女を無力化できるかと問われれば、降谷は首を横に振らざるを得ないだろう。何せあまりに隙も無く、放つ威圧感は熟練の兵士のそれに近い。ジンのそれがかわいいレベルである。 


 「お眼鏡、ですか」 

「……生憎と、こちらも君の言うことを全て信用できるほど一枚岩ではない。信用している者も無論いるだろうが、疑い深い者もいるのだ」 

「それはそうでしょう。わたしとて一枚岩の組織など存在しないことくらい、存じ上げています」 「君の見せた超常の力を恐れる者も多い。ましてや、武力行使を厭わない国に渡った際のリスク、或いは君のような人間が複数いるであろうと捉えられることのリスク。そのどちらもがあまりに大きい」

 「ふーむ、それはとっとと明かしてしまえばいいだけだと思うのですが。何度も言いますが、わたしはそう善い存在ではありません。あなた方からすれば、立派な天災。災厄の種ともいえる存在であると、口を酸っぱくしてご説明したはずなのですが」


  まあいいでしょう。呆れたような響きで彼女はため息をついた。うつむいた拍子に身体の角度が変わり、耳から小さな丸い突起が現れる。


  驚きはしない。知っていたことだ。

 自己申告によれば、彼女は自身を人間である前にウルサスだと名乗ったそうだ。 

 彼女は自身をウルサスであると呼称した。ウルサスとは熊を意味するラテン語で、彼女もまた熊らしい特徴を兼ね備えている。その一つが露わになった耳だ。本来人間の耳がついている位置に耳はなく、頭上に二つの熊の耳がついている。力そのものもかなり強いらしく、警察でも使用されるライオットシールドをへこませてくるという。 


  こつこつ、とゆっくりしたペースで距離を詰めてくる彼女に息を詰まらせて、しかしそれでも目は逸らすまいと気合だけで彼女を見据える。赤い目が不思議そうに瞬いて、それからわずかに苦笑を漏らした。 


 「お眼鏡に叶ったか、でしたか。ええ、個人の感想を漏らせば、期待以上と言って差し支えないかと。ドクター様には及びませんが、この方も中々のモノをお持ちの様子」 

「……"ドクター"?いや、それよりも」


  くすくすと軽やかな笑い声が現実離れしたかのように転がっていく。赤い目の彼女は、今度こそはっきり笑みとわかる形で微笑んで見せた。


 「ロドス前衛オペレーターリィング。これより契約に則りあなた様の敵を掃討いたしましょう。ああ、戦闘の際はどうか離れていてください。わたしのアーツは、扱いがちょっと難しいので」


  威圧感はある。どうしようもないほど叶わない超常のそれだと本能が訴えている。

  しかし不思議と恐怖心はない。驚きこそあれ、怖いという感情はあまりないのだ。それに、自分自身も困惑を示しながら降谷は差し出された手を握り返した。



 ・とある前衛オペレーターの日常 


  わたしは亀のように縮こまっていた。熊だけど。ウルサス人ではあるものの、わたしの気は非常に小さいのだ。いくら相手が絶世の美青年だからと言って、それですべてが相殺されるわけではない。


  眼前でさっぱり目の笑ってない笑顔をこちらに向けている美青年こと降谷さんは、現在のわたしの契約主である。恐らく任務中に命を落としたらしいわたしは、どういうわけかこの源石病も源石も天災もなにもない、平和そのものと言っていい世界に突っ立っていたのである。 


 「明後日の方向に思考を飛ばすな」

 「うっ、いやでもですね、契約主様。わたしも手加減はしたんですよ?ニンゲン……でしたか、彼らはわたしたちよりかなりか弱いと聞いていましたから、出力は最低限に絞ったんです」 

「ほう、それで?」

 「い、いやまさかそれでこんな大惨事になるなんて思ってもおらず…………始末書何枚でしょうか」

 「ははは、物分かりが早くて助かるな。初犯であることもかんがみて十枚で済ませてやる」 


  まだましな処分だやったー!と一瞬思ったものの、本来は始末書は一枚で済ませる代物のはずである。知らないけど。わたしは彼らからすれば正真正銘のインベーダー的な扱いらしく、重要な国家機密そのものにはかかわっていない。

  にもかかわらず、降谷さんといういかにも重要ポストについております見たいな人が上司についているのは一体どういう理由なのか。多分、それなりに実戦経験があって頭が切れる人間として抜擢されたのだとは思うのだけれど。


  申し遅れたがわたしはロドス前衛オペレーターリィング。本来は天災と源石病が蔓延る最悪な世界にいたはずのウルサス人だ。私自身も感染者であり、このままゆっくりと死に向かうことが確定している。だから、彼らがやることはわたしの隔離であると思うのだが、さっぱり聞き入れてくれなかった。いっそ降谷さんに直談判したほうが早いかもしれない。


  ともかく、感染者であったわたしはロドスで前衛オペレーターとして線上に立っていた。扱うアーツは超音波系のもので、その高周波の音撃を持って敵を狙い撃ちするお仕事である。いかんせん龍門の一部は感染者に厳しい社会なのだ。とっとと保護組織で働くに限る。


  しかしこのアーツ、悲しいことにこちらのニンゲンには恐ろしく高火力な代物らしく、どう低出力に調整しても一網打尽の大惨事になってしまう。一度いつもの調子で発動させたら、建物内のニンゲンが軒並みダウンしてしまった。あれはだめだと思った。

  レユニオンの赤い敵もこれくらい簡単に倒れてくれれば手こずらなくて非常によろしいのだが、と一瞬だけ思う。 


 「まったく……まあ、始末書は後でいい。リィング、お前のアーツとやらはどれくらいまで火力を底上げできる?」

 「ふーむ、殲滅依頼ですか?珍しいですね。頑張っても半径二メートルほどが制御の限界だと思います。特性上、それ以上の距離も多少の効果は及ぼせますが、まあ計算外に入れておくのが安全かと思いますよ」

 「…………その制御外を含めるとどれくらいだ?」

 「知りません。制御外のアーツなんてレユニオン相手にあんまり効きませんから」 

「つくづく化物だな、そのレユニオンという団体は」 

「ロドスのみんなも効きませんし、カランド貿易様やペンギン急便の皆様をはじめ、効く者はいませんが……」 

「………………よし、倍ほどに見積もるか」

 「えっ」 


  制御範囲外のアーツなど正直減衰されてさっぱりダメージにならないので勘定に入れないでいただきたいのだが。範囲アーツ攻撃のできるラヴァ様たちなたらまだしも、わたしのこれはスキルであって常時展開できるものでもない。シルバーアッシュ様のような攻撃範囲拡大型のアーツなのだ。いや、シルバーアッシュ様のあれは素の身体能力なのでしょうがね!あのカランド貿易CEO、強すぎませんかね?


  そんなわたしの心境をガン無視して話を進める降谷さんを眺めて、そっと顔を覆う。もう知らない。どうなろうと私の知ったことではないのだ。すべて過大評価した降谷さんが悪いので、この依頼が失敗したら始末書もなしにしてもらおう――そう心に誓う。


  ちなみに、この後の殲滅作戦では驚くべきことに想定の三倍ほどの火力が出てしまい、始末書も三倍に増えてしまったのだが、それはまた別の話である。

秋水堂もの置き小屋

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